手術から何年経っても、お腹の傷あたりがつっぱる・伸ばすと痛い・動かしにくい——そんな感覚が残る方は少なくありません。帝王切開の傷あとのつっぱり、開腹手術の後にお腹がつっぱる感じ。傷そのものはとっくに塞がっているのに、どうしてこんなに長引くのだろう、と不思議に思われるかもしれません。瘢痕(はんこん=傷あとの組織)は皮膚表面だけの問題ではなく、その下の筋膜や内臓を包む膜にまで影響が及ぶことがあります。この記事では、腹部の手術痕と癒着に対する徒手的アプローチの研究報告を紹介しながら、なぜつっぱりが長引くのかを解剖と筋膜の視点から読み解いていきます。
手術から何年も経つのにお腹の傷あとがつっぱるのはなぜか
「もう10年前の手術なんですけど」と前置きしてお腹の話をされる方がいます。傷口は白い線になって落ち着いている。医療機関でも経過に問題はないと言われている。それでも、朝起きて伸びをするとお腹の片側だけ引っかかる。咳やくしゃみで傷のあたりが鋭く響く。こういう感覚です。
皮膚が塞がることと、その下の組織が元の滑りを取り戻すことは、同じではありません。皮膚の表面は数週間で閉じますが、その深部では線維(コラーゲン)が新しく敷き詰められ、数か月から年単位でゆっくり組み替えられていきます。この組み替えの過程で、本来は別々に滑り合うべき層どうしが線維でつながってしまうことがあります。これが広い意味での癒着です。
つっぱりとして感じられやすい動き
- 伸びをする、バンザイをする(腹部前面が引き伸ばされる)
- 仰向けから起き上がる、寝返りを打つ
- 深く息を吸う、咳をする、笑う
- 身体をひねる、横に倒す
- 前かがみから身体を起こす最後のところ
いずれも「腹部の組織が長さを変える」動きです。滑りの悪い場所があると、そこだけ長さが出ず、周囲が代わりに引っ張られます。結果として、傷そのものより少し離れた場所——腰や股関節の付け根、肋骨の下あたり——に違和感が出ることも珍しくありません。
腹部の手術痕や癒着に対する軟部組織モビライゼーション(軟部組織への徒手的なアプローチ)を調べた研究では、慢性的な痛みや動きの制限、生活上の不便さに改善傾向がみられたと報告されています。つまり、「時間が経ったからもう変えようがない」とは限らない、という視点を持つ余地はあります。ただしこれは研究段階の報告であり、すべての方に同じ経過が起きるという意味ではありません。
なお、傷あと周りの発赤・熱感・腫れ、急に強くなる痛み、吐き気や嘔吐を伴う腹痛、発熱といった症状がある場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。手技で向き合うのは、医療機関で経過を確認したうえで残っている機能的な動きにくさの部分です。
瘢痕は皮膚の下で何が起きているのか|癒着と筋膜連続性の解剖
お腹の壁は、外から順に皮膚、皮下脂肪、浅層の筋膜、腹筋群(腹直筋・外腹斜筋・内腹斜筋・腹横筋)、その内側の腹横筋膜、そして腹膜という膜でできています。開腹手術や帝王切開では、この層をひとつずつ通過して、また縫い合わせます。
層と層の「滑り」が失われるということ
健康な状態では、各層のあいだには疎性結合組織というスポンジのような層があり、ヒアルロン酸を含んだ液体が層どうしの滑りを助けています。筋肉が縮めば筋膜がずれ、皮膚もわずかに動く。この微細なずれの積み重ねが、身体のなめらかな動きをつくっています。
傷の修復では、この疎性結合組織の層にも線維が入り込みます。線維が増えて水分の少ない密な組織になると、層どうしのずれ幅が小さくなります。すると、
- 傷あと周囲の瘢痕可動性(傷あとを指でつまんで動かせる範囲)が落ちる
- その分の動きを、周囲の筋膜がより大きく伸びて肩代わりする
- 肩代わりし続けた部位に張力が集中し、違和感や痛みとして意識される
という連鎖が起こりえます。「傷は小さいのに広い範囲が気になる」という訴えの背景には、この張力の伝わり方があると考えられます。
腹膜のレベルで起きること
もう一段深いところには腹膜があります。腹膜は内臓を包み、内臓どうし・内臓と腹壁のあいだで滑り合うための膜です。関節における軟骨と滑液の関係に近いイメージで、二重の膜が液体を挟んで滑っています。手術や感染、炎症が起きると、この液体の量や性質が変わり、腹膜の癒着が生じることがあります。
腹膜のレベルで滑りが制限されると、内臓が呼吸に合わせて動かされる動き(可動性)が妨げられます。横隔膜は1日に何万回と上下し、そのたびに腹部の臓器は受動的に押され、戻されています。その繰り返しの中に引っかかりがあると、小さな抵抗が膨大な回数積み重なることになります。施術の現場では、お腹の表面だけでなく、呼吸に合わせた深部の動き方を確かめていくのは、このためです。
腹部の癒着をオステオパシーはどう見るか|内臓・横隔膜・姿勢の連動
オステオパシーでは、ひとつの部位の制限を「そこだけの問題」として扱わず、身体全体の張力バランスの中で見ていきます。腹部の瘢痕は、まさにその考え方が当てはまりやすい場所です。
横隔膜という天井との関係
腹腔は、上を横隔膜、下を骨盤底、前と横を腹壁、後ろを腰椎と腰の筋肉で囲まれた、圧のかかった部屋のような構造をしています。前面の壁である腹壁に硬い部分があると、呼吸のたびに膨らむ方向が偏りやすくなります。息を吸ったときにお腹が前に出にくい、胸だけで吸ってしまう、といった感覚につながることがあります。
横隔膜は内臓マニピュレーション(内臓まわりの膜や位置関係に手技で働きかける考え方)でも中心的な存在です。横隔膜の動きが制限されると、その下にぶら下がるように位置する肝臓や胃、腸の受動的な動きにも影響が及ぶ可能性があります。逆に、腹部の癒着側から横隔膜の動きが引っ張られることもあります。どちらが先かを決めつけるより、両方向のつながりとして見るほうが実際に合っていると感じています。
姿勢と動作への波及
お腹の前面につっぱりがあると、人は無意識にその張力を避けようとします。わずかに前かがみになる、傷のある側に体幹を傾ける、骨盤を後ろに倒して腹壁をゆるめる——こうした代償が日常化すると、腰や股関節、肋骨の動きにも影響が及びます。帝王切開の傷あとのつっぱりを抱えた方が腰の重さを一緒に訴えられることがあるのは、こうした連動が関わっていると考えられます。
これまで診てきた範囲では、傷あとそのものを触られることに不安を持つ方も多くいらっしゃいます。茨城・龍ケ崎で施術をしていても、「触っていいのか分からなくて何年も避けていた」という声をよく聞きます。手技でお腹に触れる場合は、傷の状態と経過年数、医療機関での指示を確認したうえで、まずは傷から離れた周辺の組織から段階的に確かめていく形をとっています。
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施術を受けるときの見方|単一手技より組み合わせという研究報告から
瘢痕への徒手療法に関するレビューでは、単一の手技だけを行うより、複数の方法を組み合わせたアプローチのほうが有用とされています。これは、施術を受ける側にとってもひとつの判断材料になると思います。
なぜ組み合わせなのか
ここまで見てきたように、瘢痕の問題は単層ではありません。
- 皮膚と皮下:傷あとをつまむ・ずらす方向への可動性
- 筋膜層:腹筋群と筋膜のあいだの滑り、遠い部位への張力伝達
- 腹膜・内臓レベル:呼吸に伴う深部の動き
- 呼吸と姿勢:横隔膜・骨盤底・腰椎の連動
層ごとに深さも方向も違うので、ひとつの手技ですべてを扱うのは難しい。だから複数のアプローチを組み合わせるほうが理にかなう、という説明が成り立ちます。研究報告の内容と、施術の現場で感じていることが重なる部分です。
施術を受けるときに確認したいこと
- 傷あとの表面だけでなく、呼吸や体幹の動きも一緒に見てもらえるか
- いつの手術で、どういう経過だったかを聞いてもらえるか
- 痛みが強い日・体調の変化があった日に、内容を調整してもらえるか
- 医療機関での経過観察が必要な状態かどうかを一緒に確認してもらえるか
術後の癒着による痛みへの対処として手技を選ぶ場合も、医療機関での診断が先にあることが前提です。腸閉塞など医療的な対応が必要な状態もありますから、症状が続く場合や強い痛みがある場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。
すーさん夫婦の龍ケ崎整体院では、柔道整復師(国家資格)の夫婦2人で、1回約45分の施術を行っています。女性の施術者も在籍しているため、お腹まわりに触れられることへの抵抗が気になる方はご相談ください。お子さん連れでの来院も可能です(入口に段差があり、ベビーカーは入口に置いていただく形になります)。
まとめ
お腹の傷あとのつっぱりは、気のせいでも我慢すべきものでもなく、皮膚の下の層の滑りという解剖学的な背景から説明できる現象です。腹部の手術痕と癒着に対する軟部組織への徒手的アプローチでは、痛みや動きの制限に改善傾向がみられたという研究報告があり、またレビューでは複数手技の組み合わせが有用とされています。何年経っていても、一度どう見てもらえるかを探してみる価値はあると感じています。
参考文献
本記事の作成にあたり参照した研究論文です(内容は要約・意訳したものであり、原文の直接引用ではありません)。
- Effect of soft tissue mobilization techniques on adhesion-related pain and function in the abdomen: A systematic review(J Bodyw Mov Ther 2019) PubMed
- Soft tissue mobilization techniques in treating chronic abdominal scar tissue: A quasi-experimental single subject design(J Bodyw Mov Ther 2019) PubMed
- Effectiveness of various methods of manual scar therapy(Skin Res Technol 2023) PubMed
よくある質問
Q. 帝王切開の傷あとのつっぱりは何年経っても変化しますか?
A. 瘢痕組織は時間が経っても再構築が起こる組織です。研究では、数年経過した腹部瘢痕への徒手的アプローチでも、痛みや可動性、生活上の不便さに改善傾向がみられたと報告されています。
Q. お腹の傷あと周りの痛みは腰痛とも関係しますか?
A. 腹部の筋膜は体幹を前後でつなぐ連続構造の一部です。瘢痕周囲の滑りが落ちると腹圧や姿勢の使い方が変わり、腰や股関節まわりの負担として感じられることがあります。
Q. 術後の癒着に対する施術はどんなことをするのですか?
A. 皮膚・皮下・筋膜層の滑走性を確認しながら、軟部組織へ段階的に働きかける方法が中心です。瘢痕への徒手療法のレビューでは、単一手技より複数手技を組み合わせる形が有用とされています。

鈴木大樹(すずき だいき)
柔道整復師 / オステオパシー専門校在学中 / 産後リハビリ国際セミナー修了
茨城県龍ケ崎市で妻・佳代とともに整体院を営む整体師。食・自然療法・筋膜のつながりを臨床と学びの中で深め、「なぜ身体はそうなるのか」を発信し続けています。
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