手術後に「なんとなく引っかかる」「腕が上がりにくい」と感じているとしたら、それは気のせいではなく、瘢痕組織や癒着が身体の動きを静かに制限しているサインかもしれません。乳がん術後の腋窩索状症候群(えきかさくじょうしょうこうぐん)を対象とした臨床研究では、段階的な徒手的アプローチが可動域と生活の質の改善に寄与する可能性が報告されています。この記事では、癒着がどのように可動域を奪っていくのか、その仕組みと整体・オステオパシー目線からの考え方を深く解説します。
手術後に「突っ張る・動かしにくい」のは、なぜ放置されやすいのか
手術が無事に終わり、傷口が閉じれば「回復した」と思われがちです。しかし術後の患者さんの多くが、数週間から数か月後になって「腕が上がりにくい」「皮膚が引っ張られる感じがある」「動くたびに奥の方で何かが突っかかる」という感覚を訴えます。
この訴えが放置されやすい理由には、いくつかの背景があると考えられます。
- 「傷が治れば動けるはず」という先入観:皮膚の傷が閉じると、医療的なフォローが終わることが多い。しかし傷が閉じることと、深部組織の可動性が回復することは別の話です。
- 痛みが強くないため我慢してしまう:鋭い痛みではなく「突っ張る」「引っかかる」程度の違和感は、日常生活でやり過ごせてしまいます。その結果、慢性化しやすい状態に移行している可能性があります。
- 術後リハビリの期間や質にばらつきがある:手術の種類や医療機関によって、術後リハビリへのアクセスに差があることも現実です。
施術の現場では、「手術してから何年も経つのに、ずっとこの感じが取れなくて」と話される方に出会うことがあります。こうした状態の多くに、瘢痕組織(はんこんそしき)や癒着が関係している可能性があると感じています。
特に注目されているのが、乳がん術後に生じる腋窩索状症候群です。これはリンパ節郭清や乳房切除後に腋窩(わきの下)から前腕にかけてコード状(索状)の組織が形成され、腕の挙上や伸展に制限をきたす状態です。理学療法プロトコルを用いた臨床試験では、段階的な徒手的アプローチが可動域制限の改善に寄与する可能性が報告されており、術後の癒着に対するアプローチの重要性があらためて注目されています。
こうした症状・状態が続く場合や強い痛みがある場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。
癒着・瘢痕組織が可動域を制限する仕組み|軟部組織と筋膜の解剖から読む
瘢痕組織はなぜできるのか
手術や外傷によって組織が損傷すると、身体は修復のためにコラーゲン線維を急いで産生します。この修復プロセスは本来、身体が持つ自然な治癒力の現れです。しかし問題は、急いで作られたコラーゲン線維の「配列の乱れ」にあります。
健康な組織では、コラーゲン線維は力のかかる方向に沿って規則正しく並んでいます。一方、損傷後に形成された瘢痕組織のコラーゲン線維は、ランダムな方向に絡み合うように配置されることが多く、これが組織の柔軟性と伸張性を低下させる一因と考えられています。
研究では、筋損傷後に適切な固定と早期モビライゼーションを組み合わせることが、瘢痕組織リモデリング(組織の再編成・再構築)を促進する可能性があることが示されています。言い換えれば、「動かし方のタイミングと質」が、その後の組織の質に影響を与えている可能性があるということです。
筋膜と癒着の深い関係
癒着をより深く理解するうえで欠かせないのが、筋膜(きんまく)という概念です。筋膜は筋肉を包む薄い膜ですが、実際には全身を立体的につなぐ連続したネットワークを形成しており、筋肉・腱・骨・内臓のすべてがこのネットワークに包まれています。
健康な筋膜は、隣り合う層どうしが滑らかに滑り合うことで、関節や身体全体のスムーズな動きを支えています。しかし手術後には、この「滑り」が失われることがあります。漿膜(ひとつひとつの臓器や組織を包む二重の膜)の間の滑動性が低下し、隣接する層どうしが引っつくようになる——これが癒着の本質のひとつです。
腱癒着(けんゆちゃく)はその代表例のひとつで、腱とその周囲の腱鞘(けんしょう)や靭帯が癒着すると、指や手首など末梢部位の細やかな動きが大きく制限されます。また腋窩索状症候群の場合、皮下組織・リンパ管・筋膜が索状に硬化することで、腕を前方や上方に挙げた際に強い突っ張りが生じると考えられています。
軟部組織モビライゼーション(柔らかい組織に動きを取り戻すアプローチ)の研究では、腱や軟部組織に生じた癒着に対して段階的な徒手的アプローチを行うことが、機能回復に寄与できる可能性があることが報告されています。「動かすこと」が組織の再構成を促す可能性があるという知見は、整体やオステオパシーの視点とも共鳴するものがあります。
徒手療法・オステオパシーはどう見るか|全体性から捉える癒着解放のアプローチ
徒手療法(手を使って身体にアプローチする療法の総称)の分野では、癒着に対するアプローチを「局所の問題」として見るだけでなく、「全身のつながりのなかでどこが制限されているか」という視点で評価することが重要と考えられています。
オステオパシーでは、身体は構造・機能・全体性において一体であるという原則を大切にします。術後の癒着であれば、皮膚・筋膜・筋肉・内臓・神経系といった複数の層に同時にアプローチする発想が基本になります。
筋膜リリースと軟部組織モビライゼーション
徒手療法における癒着へのアプローチのひとつが、筋膜リリースです。これは硬くなった筋膜に対して、ゆっくりとした圧や方向性を持った牽引を加えることで、組織の滑動性を少しずつ回復させることを目指すアプローチです。
大切なのは「強い力で剥がす」のではなく、組織が「動き出せる方向」を丁寧に探りながら進めることです。バラル(フランスのオステオパス・Jean-Pierre Barral)の哲学でも、「運動を再開始させること」がオステオパシーの本質であり、身体に強制しないことが前提とされています。これは筋膜リリースや軟部組織モビライゼーションの実践においても共通する考え方です。
内臓の連結と癒着の広がり
オステオパシーの視点から特に興味深いのは、癒着が「局所だけにとどまらない」という点です。外科手術後には、術野(しゅつや・メスを入れた範囲)の組織だけでなく、隣接する内臓や筋膜にも影響が波及する可能性があります。
たとえば、胸部や腋窩の手術後には、胸膜(肺を包む膜)や横隔膜への張力変化が生じることがあり、そこから頸椎や肩関節の動きに影響が及ぶ経路が考えられます。内臓を包む漿膜の滑動性が失われると、周囲の筋膜や骨格構造にまで張力が伝達されるためです。こうした連結経路の存在が、「手術した場所とは遠い部位まで突っ張る」という訴えの理由になっている可能性があります。
この先の実践的なアプローチについては、noteでも詳しく書いています。
→ https://note.com/honest_rose9929
整体師として感じること|「構造・内臓・頭蓋」の三軸で癒着をどう扱うか
私が大切にしている施術の視点は、BODY(構造・内臓・頭蓋)× MIND(食事・自然療法)× SPIRIT(全体性)という三軸です。術後の癒着・可動域制限に対しても、この三軸から整理してみると、見えてくるものが変わります。
構造軸:段階的に「動きを取り戻す」
構造軸では、皮膚・筋膜・筋肉・関節包といった層を段階的に評価します。すーさん夫婦の龍ケ崎整体院での施術の現場では、術後の方が来られた際、まず「どの層で制限が生じているか」を触診で確認することを優先しています。表層の瘢痕組織が硬い場合と、深部の筋膜や関節包に問題がある場合では、アプローチの順序が変わります。
腋窩索状症候群のように索状の組織が明確に触れる場合は、その組織を無理に伸ばすのではなく、周囲の筋膜の滑動性を先に整えることで、索状組織への負担を分散させる方向性が考えられます。術後リハビリの文脈でも、段階的な徒手的アプローチが可動域改善に寄与する可能性は研究で示されており、「焦らず、段階的に」という原則は共通しています。
内臓軸・頭蓋軸:見えない制限を読む
内臓軸では、手術によって影響を受けた内臓周囲の漿膜・間膜の滑動性を評価します。乳がん術後であれば、胸膜や横隔膜の可動力(横隔膜や骨格運動によって受動的に動かされる動き)が変化していないかを確認することが参考になる場合があります。横隔膜は1日に約2万回動き、その動きが全身の内臓に波及するとされています。その横隔膜が術後の瘢痕組織によって引っ張られていると、呼吸のたびに周囲組織に余分な張力がかかり続ける可能性があります。
頭蓋軸では、頭蓋仙骨リズム(頭蓋と仙骨が連動して行う微細な律動)の質と対称性を確認します。術後のストレスや慢性的な緊張状態は、この微細なリズムの乱れとして感じ取れることがあります。これまで診てきた範囲では、術後しばらく経った方でも頭蓋のリズムに非対称性を感じることがあり、そうした方に構造・内臓・頭蓋の三軸から丁寧にアプローチすることで、動きやすさや身体の軽さが変わったとお話しいただく場合があります(個人差があります)。
オステオパシーの専門校にて学習中の立場から感じるのは、癒着・瘢痕組織へのアプローチは「局所をほぐす」という発想より、「制限のある組織が再び自由に動ける条件を整える」という発想に近いということです。コラーゲン線維の配列が整い、筋膜の滑動性が回復し、内臓の自動力(臓器が固有に持つ微細な自律運動)が戻ってくるとき、身体は静かに「動きやすさ」を取り戻していく可能性があります。
流派や技術の違いより手前にある「どう身体を見るか」という視点については、有料コンテンツにも書いています。
→ https://note.com/honest_rose9929
まとめ
手術後の突っ張り・動かしにくさは、瘢痕組織やコラーゲン線維の配列の乱れ、筋膜の滑動性低下という仕組みによって生じている可能性があります。腋窩索状症候群をはじめとする術後の癒着に対して、段階的な徒手的アプローチが可動域や生活の質の改善に寄与する可能性は研究でも示されています。整体・オステオパシーの視点では、構造・内臓・頭蓋という三軸から全体性をもって身体を見ることで、「なぜ動きにくいのか」の理由が立体的に見えてくる場合があります。気になる症状が続く場合は、まず医療機関に相談したうえで、徒手療法との組み合わせを検討してみてください。
参考文献
本記事の作成にあたり参照した研究論文です(内容は要約・意訳したものであり、原文の直接引用ではありません)。
- [Finger flexor tenolysis](Chir Main 2014) PubMed
- Physiotherapy protocol to reduce the evolution time of axillary web syndrome in women post-breast cancer surgery: a randomized clinical trial(Support Care Cancer 2025) PubMed
- Protocol to improve quality of life, functionality, and exercise capacity in patients with axillary web syndrome after breast cancer: a randomized clinical trial(Support Care Cancer 2025) PubMed
よくある質問
Q. 手術後の突っ張り感はいつまで続くの?
A. 個人差がありますが、瘢痕組織の成熟には術後6〜18か月かかるとされています。早期から適切な徒手的アプローチを取り入れることで、癒着の進行を抑え可動域の回復が促進される可能性があります。
Q. 癒着による可動域制限は整体で改善できますか?
A. 癒着そのものを消すことはできませんが、段階的な徒手療法で軟部組織の滑走性を引き出し、可動域の改善や突っ張り感の軽減が期待できます。担当の医療者と連携しながら進めることが大切です。
Q. 腋窩索状症候群(アクシラリーウェビング)って何ですか?
A. 乳がんの手術やリンパ節郭清後に腋窩(わきの下)に索状の硬い線維組織が出現する状態です。腕を伸ばすと痛みや突っ張りが生じ、肩の可動域制限を引き起こすことがあります。理学療法の適応となります。

鈴木大樹(すずき だいき)
柔道整復師 / オステオパシー専門校在学中 / 産後リハビリ国際セミナー修了
茨城県龍ケ崎市で妻・佳代とともに整体院を営む整体師。食・自然療法・筋膜のつながりを臨床と学びの中で深め、「なぜ身体はそうなるのか」を発信し続けています。
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