「出産してから腰が痛くて、でも病院ではとくに異常ないと言われた」——そんな経験をしていませんか?産後の腰の痛みは育児疲れのせいだと片づけられてしまうことがありますが、その背景には骨盤を支える靭帯の弛緩と、筋膜・深層筋の機能低下が複合的に絡み合った「構造の揺らぎ」がある可能性があります。レントゲンやMRIには映りにくい変化だからこそ、「異常なし」と言われてしまうのです。この記事では、柔道整復師でありオステオパシーを学ぶ整体師の視点から、産後腰痛が生じる仕組みをていねいに読み解いていきます。
「産後の腰痛」は育児疲れのせいだけじゃない——見落とされがちな本当の問題
産後に腰が痛くなったとき、多くのママは「抱っこが多いから」「睡眠不足だから」と自分に言い聞かせてしまいます。もちろんそれらも体への負担になりますが、産後腰痛の原因はもっと構造的なところにある可能性があります。
「育児疲れ」では説明できない痛みのパターン
整体の現場で産後のお母さんのお話をうかがっていると、こんな訴えをよく耳にします。
- 朝起き上がるときに腰と骨盤まわりがズキっとする
- 片足立ちをすると骨盤がグラっとする感覚がある
- 長く歩いたあと、腰の奥がじわじわと重くなる
- 横向きに寝ていて寝返りをうつと痛みが走る
これらは「筋肉の疲労」だけでは十分に説明しにくいパターンです。筋肉の疲れであれば、休めば楽になるはずが、産後の骨盤まわりの痛みは「休んでも繰り返す」「特定の動作で鋭く出る」という特徴を持っていることが少なくありません。
病院で「異常なし」と言われる理由
産後腰痛が画像検査で映りにくい理由は、その原因の多くが靭帯の弛緩・骨盤の微細なズレ・筋膜の張力バランスの乱れにあるからです。骨が折れているわけでも、椎間板が大きく飛び出しているわけでもない——だから「異常なし」という結果になりやすいのです。しかしこれは「痛みの原因がない」ということとイコールではありません。構造を支える「仕組み」が崩れているとき、それは画像よりも「動き」や「負荷」のかかり方に現れてきます。
こうした痛みが続く場合や、強い痛みがある場合は、自己判断せず産婦人科・整形外科などの医療機関にご相談ください。
骨盤帯不安定性(PGP)とは何か——リラキシン・靭帯弛緩・仙腸関節の解剖生理
産後腰痛を語るうえで外せないのが、骨盤帯不安定性(PGP:Pelvic Girdle Pain)という概念です。妊娠・出産を経た骨盤がなぜ「不安定」になるのか、その仕組みを順番に見ていきましょう。
リラキシンが靭帯を緩める——なぜ必要で、なぜ問題になるのか
妊娠中から出産にかけて、卵巣や胎盤からリラキシンというホルモンが分泌されます。このホルモンの主な役割は、骨盤を結びつけている靭帯をやわらかくして、赤ちゃんが産道を通れるよう骨盤を広げることです。出産のために欠かせない生理的変化ですが、同時にこれが産後腰痛の根っこにある可能性があります。
靭帯は関節を「正しい位置に保つ」受動的な安定装置です。リラキシンによって靭帯が弛緩(ゆるむ)すると、骨盤の関節——特に仙腸関節(骨盤の後ろにある仙骨と腸骨をつなぐ関節)——の安定性が低下します。仙腸関節はもともと動く量がとても少ない関節ですが、靭帯がゆるむとその微細な動きが過剰になり、動くたびに周囲の組織がひっぱられて痛みが生じやすくなる可能性があります。
リラキシンの血中濃度は産後に下がっていくとされていますが、授乳中は産後もある程度続く可能性が指摘されています(個人差があります)。つまり、「もう産んだのにまだゆるんでいる」という状態が、産後しばらく続く可能性があるのです。
仙腸関節・骨盤底筋・腹圧の三角関係
仙腸関節の安定性は靭帯だけで成り立っているわけではありません。骨盤底筋(骨盤の底を支える筋肉群)・腹横筋・多裂筋などの深層筋が協調して働くことで、関節は「能動的」にも守られています。
ところが出産の過程では、骨盤底筋が大きなダメージを受けることがあります。経腟分娩では赤ちゃんが通過する際に骨盤底への負担が大きく、帝王切開の場合でも妊娠中の長期的な腹圧上昇の影響が残ることがあります。骨盤底筋の機能が低下すると、骨盤内の圧力バランスが乱れ、仙腸関節への負担がさらに増える悪循環が生まれる可能性があります。
研究では、産後の腰痛が骨盤底筋の機能低下を介して腹圧性尿失禁(くしゃみや笑ったときに尿が漏れる)と関係する可能性も示されており、腰痛・骨盤底・尿漏れは「別々の問題」ではなく、同じ根っこを持つ可能性があります。また、骨盤・腰部の安定性を高める取り組みによって、腰痛を抱える方の下肢の動きのバランスが改善される可能性があるという報告もあります。
整体師・オステオパシー目線で見る産後腰痛——筋膜連鎖・骨盤底・内臓の連動
ここからは、私が柔道整復師としての現場経験と、オステオパシーの専門校での学びを通じて感じていることをお話しします。産後腰痛を「骨盤だけ」の問題と見るのか、「身体全体のつながり」の中で見るのかによって、アプローチの視点がかなり変わります。
筋膜連鎖——痛みは「痛い場所」が原因とは限らない
筋膜(きんまく)とは、筋肉・臓器・骨をくるむ薄い膜状の結合組織です。この筋膜は全身を網の目のようにつないでおり、あるところに緊張や制限が生まれると、離れた場所にまでその影響が伝わっていくという「筋膜連鎖」の仕組みがあります。
産後の身体では、お腹まわりの筋膜が妊娠中に大きく引き伸ばされ、出産後もその緊張パターンが残っていることがあります。たとえば、骨盤底の筋膜の緊張は内腿の筋群・腰方形筋・横隔膜へとつながっており、腰に「来ている」痛みの一次的な原因が骨盤底や内腹の膜系にある可能性もゼロではありません。
当院(茨城県龍ケ崎の整体院)の施術の現場でも、産後のお母さんが腰の痛みを訴えて来られたとき、骨盤まわりの緊張だけでなく、骨盤底・横隔膜・腹膜系の状態をあわせて確認するようにしています。直接的な原因と思われる場所ではなく、別の場所に一次的な制限がある可能性があるからです。これはあくまで当院の施術経験における傾向であり、すべての方に当てはまるものではありません。
産後の内臓下垂と骨盤不安定の関係
オステオパシーの視点では、内臓もまた骨格の安定性に影響を与えると考えられています。妊娠中に子宮が大きくなることで、膀胱・小腸・大腸などの臓器はおされて位置が変わります。出産後、これらの臓器が元の位置に戻っていく過程で、骨盤内の圧力バランスや膜系の張力にも変化が起きている可能性があります。
特に骨盤底への負荷は産後も継続します。抱っこ・授乳・おむつ替えなど、産後の育児動作の多くは腹腔内圧を高める姿勢をとり続けることを意味し、骨盤底・仙腸関節・腰椎に繰り返し負担をかけ続ける可能性があります。
また、頭蓋から骨盤底まで連続している硬膜(脊柱管の中で脊髄をおおう膜)の張力も、尾骨や仙骨の微細な変位によって影響を受ける可能性があります。出産時に尾骨が強い力を受けることがあり、その後の骨盤底・膀胱機能・腰椎安定性にまで波及する可能性があるという視点は、オステオパシーの臨床で重視されています(研究段階の概念を含みます)。
骨盤・内臓・筋膜の連動と、腰痛が戻りにくくなる考え方はnoteに詳しく書いています。
→ https://note.com/honest_rose9929
「いつまで続くのか」への答えと、身体の回復を根本から考える整体師の視点
産後腰痛に悩むママから最もよく聞かれる質問のひとつが、「産後 腰痛 いつまで続くのか」というものです。正直に言うと、これには「○ヶ月で終わります」とは言えません。ただ、回復の仕組みを理解することで、焦らず・でも放置せずに向き合えるようになると思っています。
回復を左右する3つの要因
産後腰痛が「いつまで続くか」には、以下の要因が複合的に影響していると考えられます。
- 靭帯・骨盤底筋の回復スピード:個人差が大きく、授乳の有無・ホルモンバランス・栄養状態なども影響する可能性があります。
- 代償パターンが固定化しているか:骨盤が不安定なまま育児を続けることで、腰方形筋・梨状筋・大腿筋膜張筋などが過剰に働いて「かばいの筋肉」になる可能性があります。代償が定着するほど、回復には時間がかかる傾向があります。
- 産後リハビリへのアクセス:産後リハビリとして骨盤底筋へのアプローチや体幹の協調性を整える取り組みを行うことが、腰痛の長期化を防ぐうえで重要である可能性があります。
「様子見」が裏目に出ることがある理由
産後の腰痛は「そのうち治るだろう」と放置されやすいですが、骨盤帯不安定性(PGP)が慢性化すると、仙腸関節まわりの組織が緊張・癒着しやすくなり、回復に時間がかかる状態になる可能性があります。
オステオパシーや手技療法の世界では、「一つの制限は隣接するすべての構造に障害を波及させる」という病変連鎖の考え方があります。骨盤の小さなズレが積み重なると、腰椎・股関節・横隔膜・さらには頸部や肩にまで影響が広がる可能性があるという視点です(研究段階の理論を含みます)。
当院の施術経験では、産後半年以上経過してから来院されるお母さんの場合、腰痛そのものよりも「腰をかばい続けた結果の肩こり」や「股関節の詰まり感」を主訴にされていることもあります。これも、一次的な原因が産後の骨盤不安定にある可能性を示している場合があると感じています(当院の臨床経験であり、医学的事実として断言するものではありません)。
産後リハビリという視点で身体に向き合う
産後リハビリという言葉は、まだ日本では十分に浸透していないかもしれません。しかし、欧米では産後6〜8週を目安に骨盤底筋の評価と機能回復を専門家のもとで行うことが推奨されており、腰痛・尿漏れ・骨盤痛の予防として位置づけられています。
身体の回復には「時間」だけでなく、正しい方向性でのアプローチが必要な場合があります。骨盤底・深層筋・筋膜・内臓の位置関係が整うことで、腰への負担が変化しやすくなる場合があります。産後の身体は「特別な状態」です。育児が忙しくても、ご自身の身体と向き合う時間を少しでも持っていただけたらと思います。
痛みが強い・歩行が困難・尿漏れや骨盤臓器脱の症状がある場合は、産婦人科や整形外科、泌尿器科などの医療機関に必ずご相談ください。
まとめ
産後腰痛の本質的な原因は、リラキシンによる靭帯弛緩・仙腸関節の不安定性・骨盤底筋の機能低下・筋膜連鎖の乱れが複合的に絡み合った「構造の揺らぎ」にある可能性があります。画像検査に映りにくいからこそ見落とされやすく、「育児疲れ」と片づけられてしまいがちです。しかし、仕組みを知ることで、自分の身体に何が起きているのかが少し見えてきます。焦らず、でも放置せず、ご自身の身体と丁寧に向き合っていただけたら嬉しいです。茨城・龍ケ崎近郊にお住まいの方は、ご相談もお気軽にどうぞ。
参考文献
本記事の作成にあたり参照した研究論文です(内容は要約・意訳したものであり、原文の直接引用ではありません)。
- Relationship between low back pain and stress urinary incontinence at 3 months postpartum(Drug Discov Ther 2022) PubMed
- Effect of a lumbopelvic stability training program on lower extremity kinematic parameters in low back pain developers during single-leg squat(Phys Ther Sport 2025) PubMed
よくある質問
Q. 産後の腰痛はいつまで続くの?
A. 個人差がありますが、靭帯の弛緩は産後6ヶ月〜1年かけて徐々に回復するとされています。ただし骨盤底筋や深層筋の機能が戻らないまま育児をすると慢性化するケースもあり、早期のアプローチが重要です。
Q. 産後に骨盤が痛いのはなぜ?
A. 出産時に分泌されるリラキシンというホルモンが靭帯を緩め、骨盤の関節(仙腸関節・恥骨結合)が不安定になるためです。この不安定性が周囲の筋肉・筋膜に過剰な負担をかけ、痛みとして現れます。
Q. 育児中の腰痛は抱っこのせい?
A. 抱っこや授乳姿勢も要因のひとつですが、根本には産後の骨盤不安定性と体幹深層筋の機能低下があります。同じ姿勢でも産後の身体は骨盤の「揺らぎ」を補正しきれず、腰に集中して負荷がかかりやすい状態です。
鈴木大樹(すずき だいき)
柔道整復師 / オステオパシー専門校在学中 / 産後リハビリ国際セミナー修了
茨城県龍ケ崎市で妻・佳代とともに整体院を営む整体師。食・自然療法・筋膜のつながりを臨床と学びの中で深め、「なぜ身体はそうなるのか」を発信し続けています。
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