「毎日肩を揉んでもらっても、翌朝にはもとに戻っている」。介護職の方からそんな声を聞くことは珍しくありません。移乗介助という動作は、一見すると腕の作業に見えますが、実際には肩甲帯(けんこうたい=肩甲骨・鎖骨・胸骨・上腕骨が連動する複合システム)全体に繰り返し高負荷をかけ続ける動きです。なぜ揉んでも翌朝には戻るのか。なぜ肩こりが介護士の職業病と呼ばれるほど根深いのか。その構造的な理由を、解剖と筋膜の視点から読み解いていきます。
介護士の肩こりはなぜ「職業病」と呼ばれるのか、移乗介助の特殊な負荷
厚生労働省の調査でも、介護従事者の職業性腰痛・肩こりは他職種と比較して突出して高い傾向が示されています。腰痛に目が向きがちですが、肩と首の慢性的な不調も介護職が長く悩まされる問題です。なぜ介護士の肩こりはここまで「しつこい」のでしょうか。
その理由の一つは、移乗介助という動作の構造的な特殊性にあると考えられます。移乗介助では次のような動作が繰り返されます。
- 前傾姿勢のまま利用者の体幹を抱え込む
- 腕を外側に広げながら相手の体重を支える
- 体幹を回旋させながら水平移動・垂直移動をおこなう
- これを1日に何十回も、週に何日も繰り返す
問題は動作の「量」だけではありません。前傾+腕を外転(がいてん)させた状態で荷重を受けるという姿勢そのものが、肩甲帯にとって力学的に非常に不利な局面です。この姿勢では、肩甲骨が前方に引き出され(外転位)、本来であれば肩甲骨の動きを安定させるはずの菱形筋(りょうけいきん)や前鋸筋(ぜんきょきん)が非効率な状態で働かざるを得なくなります。
施術の現場で介護職の方を診ていると、首から背中にかけての全体的な張りよりも、肩甲骨の内側と上角(じょうかく)まわりに局所的な硬さが集中している傾向を感じることがあります。これは腕の疲れではなく、肩甲帯を支える深層の筋群が慢性的に過緊張に置かれている可能性を示している、と私は考えています。
さらに見落とされがちなのが、慢性筋緊張の職業性(繰り返し同じ動作パターンによる蓄積)という視点です。一回一回の移乗介助は身体が対処できる負荷でも、毎日・毎週同じパターンで繰り返されることで、筋膜と筋組織に「使い続けた痕跡」が蓄積していきます。これが揉むだけでは追いつかない理由の土台になっている可能性があります。
移乗動作が肩甲帯にかける力学的ストレス、解剖と筋膜から読む
移乗介助の動作を解剖の視点から丁寧に分解すると、なぜ肩甲帯にこれほどの負担がかかるかが見えてきます。
肩甲帯を支える筋群への集中的な負荷
移乗介助で前傾姿勢をとりながら相手の体重を支えるとき、最も強く働くのが僧帽筋(そうぼうきん)です。僧帽筋は後頭部から肩甲棘にかけて広く走る大きな筋ですが、上部・中部・下部で役割が異なります。移乗介助では特に上部僧帽筋の過緊張が起きやすく、これが首から肩にかけての「硬くて重い感覚」の主な原因の一つになっている可能性があります。
同時に、肩甲骨を脊柱側に引き寄せる役割をもつ菱形筋(りょうけいきん)は、腕を前方に出した状態でのこり(コリ)を蓄積しやすい筋肉です。相手の身体を抱え込む動作では、肩甲骨が常に外転方向(前方・外側)に引き出されるため、菱形筋は「引き戻そうとしながらも引き戻せない」という等尺性収縮(筋長が変わらない力の発揮)に近い状態で働き続けることになります。
もう一つ、見落とされやすいのが肩甲挙筋(けんこうきょきん)です。肩甲骨の上角から頸椎(けいつい)に付着するこの筋は、前傾姿勢で頭部が前方に突き出た状態(いわゆる「頭が前に出ている」姿勢)が続くと、頸椎への牽引(けんいん)ストレスが継続的にかかります。移乗介助中に頸部が前屈・側屈しながら荷重を受けると、肩甲挙筋への損傷リスクは通常より高まる可能性があります。
筋膜連鎖が「連鎖的な緊張」を生む
解剖を単に「筋肉の話」として切り離して見るだけでは不十分です。Stecco(ステッコ)の筋膜マニピュレーション理論が示すように、筋肉は筋膜という薄い結合組織のネットワークで全身につながっています。この筋膜連鎖(きんまくれんさ)の視点から見ると、肩甲帯の緊張は孤立した局所問題ではなく、体幹・胸郭・頸部全体の張力バランスと連動している可能性があります。
たとえば、移乗介助で体幹を回旋させるとき、胸郭(きょうかく)の動きが制限されていると、その制限を補うために首と肩に余計な動きが生じます。胸郭の動きは前鋸筋(ぜんきょきん)が肩甲骨を胸郭に密着させることで支えられていますが、前鋸筋の機能不全が起きると肩甲骨が浮き上がり(翼状肩甲)、肩甲帯全体の安定性が失われます。こうした連鎖的な緊張が、「首から肩にかけての全体的な重さ」として感じられている可能性があります。
筋膜トリガーポイントが慢性化する理由、揉んでも続くときの体の構造
「揉んでもらった直後は楽だが、翌朝には戻っている」。この体験は、多くの介護職の方が口にする言葉です。この現象には、筋膜トリガーポイントの慢性化という仕組みが深く関わっている可能性があります。
トリガーポイントとは何か
筋膜トリガーポイントとは、筋肉の中に生じる過敏な硬結(こうけつ=硬いしこり)のことです。押すと痛みが再現されたり、離れた場所に関連痛(かんれんつう)が出たりするのが特徴です。肩甲帯まわりの代表的な場所としては、僧帽筋上部・菱形筋・肩甲挙筋・前鋸筋などが挙げられます。
複数の研究では、筋膜トリガーポイントへのアプローチが肩の痛みやこりの改善に有効である可能性が報告されています。また、肩・首の筋膜トリガーポイントが頭痛の発生や慢性化に関与しているという報告もあり、肩こりを考えるうえで筋膜にも目を向ける意味があると考えられています。
問題は、トリガーポイントは揉むだけでは解消しにくいという点です。揉む(圧迫する)ことで一時的に血流が増加し、症状が緩和することはあります。しかし、トリガーポイントが形成された背景にある動作パターン・姿勢のクセ・筋膜の張力異常が変わらなければ、翌日の移乗介助で同じ負荷がかかり、同じ場所に同じ緊張が戻ってくる、という循環が繰り返されます。
なぜ慢性化するのか、動作パターンの「学習」
身体は繰り返す動作パターンを「学習」します。毎日同じ姿勢・同じ力のかけ方で移乗介助をおこなうことで、神経系と筋膜系は「このパターンが通常」として受け取るようになります。これが慢性筋緊張の職業性という側面です。
すーさん夫婦の龍ケ崎整体院の施術の現場では、介護職の方の肩甲帯まわりを触れると、菱形筋や肩甲挙筋が「常に引っ張られている状態」で固まっている傾向を感じることがあります。揉むとその瞬間は緩むのですが、翌日には同じ動作パターンで再び同じ緊張が形成される。この繰り返しが「揉んでも戻る」体験の正体である可能性があります。
さらに、慢性化したトリガーポイントは筋膜連鎖を通じて隣接する構造にも影響を広げる可能性があります。たとえば、僧帽筋上部の過緊張が続くと、筋膜を通じて頸椎の動きが制限され、それが頭痛や腕のだるさにまで波及することが考えられます。局所を揉むだけでは全体の連鎖に届きにくいのは、こうした仕組みがあるからかもしれません。
整体師として考えていることは、noteにも書いています。
→ https://note.com/honest_rose9929
整体師・オステオパシー目線で見る介護職の肩、全身連動という見方
オステオパシーの専門校で学びながら日々施術をおこなう整体師として、介護職の肩こりを見るときに大切にしている視点があります。それは「肩甲帯の問題を、肩だけの問題として見ない」という姿勢です。
胸郭・横隔膜・体幹との連動
移乗介助という動作が肩甲帯にかける負担を理解するには、胸郭と横隔膜(おうかくまく)の動きとの連動を見る必要があります。横隔膜は呼吸の主筋ですが、同時に体幹安定化にも深く関わっています。介護職の方は移乗介助中に呼吸を止めて力を発揮する(いきみ)ことが多く、これが横隔膜の動きを制限し、胸郭の可動性を低下させている可能性があります。
胸郭の動きが制限されると、肩甲帯はその制限を代償しようとして余計な動きを強いられます。この連鎖のなかで、僧帽筋の過緊張・前鋸筋の機能不全・菱形筋のこりが同時多発的に起きている可能性があります。これが「首から肩にかけて全体的に張っている」という感覚として現れているのかもしれません。
日々の施術のなかで感じていることとして、胸郭や横隔膜の動きを整えることで、肩甲帯まわりの張りが変化しやすくなる場合があるという印象があります。ただし、これは施術の現場での傾向として感じていることであり、すべての方に同じ結果が出るわけではありません。個人差があります。
全身連動という視点、「肩だけを触らない」という考え方
オステオパシーの考え方では、身体は一つのつながった単位として機能しています。たとえば、骨盤の動きが制限されていれば脊柱の動きが変わり、脊柱の動きが変われば肩甲帯の使われ方も変わります。介護職の方は腰痛もあわせて抱えていることが多く、腰と肩の問題は別々のものではなく、全身の力学的なバランスの崩れが異なる場所で出ているという見方もできます。
痛いところだけを集中的に触るのではなく、痛くないところも含めて身体全体のつながりを確かめていく、そうした施術の視点が、慢性化した肩こりへのアプローチでは特に重要になってくる場合があります。
セルフケアについて整体師としてどう考えているかは、noteにも書いています。
→ https://note.com/honest_rose9929
なお、症状が強い場合や長期間改善しない場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。整形外科や専門医による診断を受けることで、より適切なケアにつながることがあります。
まとめ
介護職の肩こりが「揉んでも翌朝には戻る」のは、移乗介助という動作が肩甲帯全体に繰り返し力学的ストレスをかけ、僧帽筋の過緊張・菱形筋のこり・前鋸筋の機能不全・筋膜連鎖を通じた慢性化が同時に進んでいる可能性があるからです。局所を揉むだけでは届きにくい仕組みを知ることが、長年の肩こりと向き合う第一歩になるかもしれません。身体全体のつながりという視点が、見直しの糸口になると考えています。
参考文献
本記事の作成にあたり参照した研究論文です(内容は要約・意訳したものであり、原文の直接引用ではありません)。
- Effectiveness of Myofascial Release Compared to Manual Lymphatic Drainage in Reducing Post-Treatment Shoulder Pain and Stiffness Among Patients Who Underwent Breast Cancer Surgery and Adjuvant Radiotherapy: Randomised controlled trial(Sultan Qaboos Univ Med J 2025) PubMed
- Myofascial triggerpoint release (MTR) for treating chronic shoulder pain: A novel approach(J Bodyw Mov Ther 2016) PubMed
よくある質問
Q. 介護職は肩こりになりやすいって本当ですか?
A. はい。移乗介助では利用者の体重を支えながら不自然な姿勢を繰り返すため、肩甲帯の筋肉と筋膜に持続的な高負荷がかかります。これが慢性的な肩こりや肩甲骨まわりの痛みを引き起こす主な原因です。
Q. 肩甲骨の内側が痛いのは移乗介助のせいですか?
A. 可能性は高いです。移乗動作では菱形筋・肩甲挙筋・僧帽筋中部が繰り返し引き伸ばされながら力を出す「伸張性収縮」を強いられます。これが肩甲骨内側の筋膜トリガーポイント形成につながりやすい動きです。
Q. 介護の仕事で肩こりがひどい場合、どこに行けばいいですか?
A. マッサージで一時的に楽になっても繰り返す場合は、筋膜や関節の機能を評価できる整体・柔道整復師・オステオパシー施術者に相談するのも一つの方法です。痛みの背景にある動作パターンや筋膜の状態に目を向けることが大切です。しびれや強い痛みがあるときは、医療機関へご相談ください。

鈴木大樹(すずき だいき)
柔道整復師 / オステオパシー専門校在学中 / 産後リハビリ国際セミナー修了
茨城県龍ケ崎市で妻・佳代とともに整体院を営む整体師。食・自然療法・筋膜のつながりを臨床と学びの中で深め、「なぜ身体はそうなるのか」を発信し続けています。
さらに深く知りたい方へ
デスクワークやスマホの姿勢と首・肩のつらさについて、研究で言えることと言えないことを分けて、noteに書いています。
・「座りっぱなしだから、首と肩がつらい」は、どこまで本当か|デスクワークと首・肩の研究を、言えること・言えないことに分けて読む(有料)
・「スマホを見る姿勢のせいで、首が痛いのでしょうか」|首の角度と痛みの研究を、関連あり・関連なしの両方から同じ物差しで読む(有料)
・揉んでも戻ることについて、痛い場所だけでは終わらないと整体師が考える理由(有料)
有料記事は買い切りです。価格(税込)はnoteの各記事ページに表示しています。
noteの記事は、整体師が研究や施術の中で考えたことをまとめた読み物です。診断・治療に代わるものではありません。
茨城県龍ケ崎市で実際に施術を受けたい方へ
すーさん夫婦の龍ケ崎整体院
所在地:茨城県龍ケ崎市愛戸町58-2(龍ケ崎郵便局から徒歩2分)
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