手術の傷は閉じたのに、お腹や首の傷あと周辺がつっぱる、深く息を吸うと引っ張られる、前かがみがしづらい——そんな違和感が何か月も残ることがあります。これは「気のせい」ではなく、瘢痕組織と皮下の癒着が周囲の滑走性を失わせている状態として説明できます。本記事では、術後の瘢痕と癒着がなぜ動きを制限するのか、そして軟部組織モビライゼーションなどの手技療法がどこまで関わり得るのかを、研究報告の範囲で整理していきます。
傷は閉じたのに違和感が残る——術後の瘢痕と癒着に悩む人が見ている景色
術後の経過観察では「傷はきれいにくっついていますね」と言われた。検査でも異常は指摘されない。それでも本人のなかには、はっきりした訴えが残っていることがあります。
- 帝王切開の傷跡のつっぱりで、仰向けから起き上がるときに下腹部が引っ張られる
- 開腹手術後のお腹の違和感で、深呼吸やくしゃみのたびに内側から引き留められる感じがする
- 甲状腺手術後の首の不快感で、上を向く・振り向く動作に抵抗がある
- ベルトやウエストゴムが当たると、傷そのものではなく少し離れた場所が痛む
こうした訴えがやっかいなのは、「傷の治癒」と「動きの回復」が別の時間軸で進むからです。皮膚表面が閉じるのと、皮下組織・筋膜・腹膜といった層同士が元どおりに滑り合えるようになるのとは、同じことではありません。
茨城県龍ケ崎市のすーさん夫婦の龍ケ崎整体院には、産後のケアで来られる方のなかに帝王切開を経験した方が少なくありません。これまで診てきた範囲では、「痛みというほどではないが、そこだけ皮膚が身体に貼り付いている感じがする」という表現をされる方が多い印象があります。感覚としては鈍いのに、動きとしてははっきり制限がある——この食い違いが、本人の不安を大きくしているように感じます。
なお、傷あとの赤みや腫れが強くなる、発熱がある、しびれが増える、痛みが夜間に強まるといった変化がある場合は、手技の対象として考える前に、自己判断せず医療機関にご相談ください。
瘢痕はなぜ周囲まで引っ張るのか|コラーゲン線維と筋膜の滑走性から読み解く
皮膚や筋膜が切開されると、身体はまずフィブリンという糊のような物質で隙間を埋め、その後コラーゲン線維を敷き詰めて修復していきます。問題は、この修復が「元と同じ構造の再現」ではないことです。
整然とした織物から、方向のない網へ
もともとの筋膜や真皮のコラーゲンは、その部位にかかる力の方向に沿って整然と並んでいます。一方、瘢痕組織のコラーゲンは比較的ランダムな方向に架橋されやすく、伸び縮みの余地が少ない組織になります。結果として、周囲の組織が伸びようとしたときに瘢痕だけが追従せず、張力が傷あとの周辺へ放射状に逃げていく——これが「傷そのものより、少し離れたところが引っ張られる」という感覚の説明になり得ます。
層と層が滑らなくなるということ
もうひとつの要素が、筋膜の滑走性です。人の身体は、皮膚・皮下脂肪・浅筋膜・深筋膜・筋・腹膜といった層が、わずかな水分(基質)を介して滑り合うことで、大きな可動性を生み出しています。術後はこの層間にフィブリンが残りやすく、層同士が部分的に接着したような状態になることがあります。
面白いのは、この接着が必ずしも「動かない」わけではない点です。多くの場合、動くけれど動き方が偏る。偏れば、その分の負担を別の場所が肩代わりします。帝王切開の傷あとが硬い方で、腰や股関節側に先に疲れが出る、という訴えを耳にすることがあるのは、こうした張力の肩代わりが関係している可能性があります。
加えて、瘢痕部とその周囲は感覚神経の分布も変化します。触られるとピリピリする、逆にそこだけ感覚が鈍い。こうした感覚の変化は、痛みの閾値(どのくらいの刺激から痛いと感じるか)が局所的に下がっている状態と結びつけて考えられることがあります。
腹部の癒着が姿勢や呼吸まで変える|内臓・横隔膜とのつながりをオステオパシー視点で見る
オステオパシーでは、内臓を「袋のなかに浮いている臓器」としてではなく、膜と膜が滑り合う構造として捉えます。肝臓も胃も腸も、漿膜という二重の膜に包まれ、そのあいだの漿液が潤滑油の役割をしています。関節における軟骨と滑液の関係に似た仕組みです。
そしてこの滑りを毎日働かせているのが横隔膜です。横隔膜は一日におよそ2万回上下し、そのたびに腹腔内の臓器が受動的に押され、戻されています。つまり内臓は「呼吸に連れて動かされ続けている組織」です。
癒着があると、動きの軸がずれる
手術・感染・炎症のあとでは、漿液の量や粘りが変化し、膜同士が部分的に固着することがあります。固着した一点があると、その周辺の組織は回転の軸を変えて動かざるを得ません。軸が変われば、張力は隣接する構造へと伝わっていきます。
- 下腹部の癒着 → 骨盤内の動きの偏り → 前屈・体幹回旋のしづらさ
- 上腹部・横隔膜付近の制限 → 呼吸の深さの偏り → 肋骨や胸椎の動きの左右差
- 首の手術後の瘢痕 → 浅い層の滑走性低下 → 回旋・伸展時の引っかかり感
施術の現場では、お腹の傷あとを気にして無意識に体幹を丸めた姿勢を続けている方に出会うことがあります。守る姿勢そのものは自然な反応ですが、長く続くと呼吸が浅くなり、肋骨まわりの動きも小さくなっていきます。「傷あとの問題」が「呼吸と姿勢の問題」に形を変えていく、という流れです。
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軟部組織モビライゼーションは何を変えるのか|研究報告と整体師としての向き合い方
では、瘢痕への徒手療法は実際にどこまで報告されているのでしょうか。
研究では、腹部の癒着に伴う痛みや可動性の制限に対して軟部組織モビライゼーション(徒手的に皮膚・皮下組織・筋膜の層へ働きかける手技)を行ったところ、痛みの閾値、瘢痕まわりの動きやすさ、日常生活での不自由さに改善がみられたという報告があります。また瘢痕への徒手療法については、ひとつの手技だけで完結させるより、複数の手法を組み合わせたアプローチのほうが有用とされています。こうした手技が、術後の瘢痕や癒着による不快感のケアに役立つ可能性が示されている、という段階の話です。
「剥がす」ではなく「動きを再開させる」
ここは誤解されやすいところなので、はっきり書いておきます。手で触れて癒着そのものを切り離す、という話ではありません。オステオパシーの考え方で言えば、目指すのは止まっていた方向の動きを、少しずつ思い出してもらうことです。身体に強制せず、抵抗の少ない方向から入っていく。これが施術で私たちが大切にしている前提です。
触れ方としては、瘢痕の表層と深層それぞれに対して、
- 傷あとの各方向への伸び・ねじれの余地を丁寧に確認する
- 抵抗が少ない方向から、ごく弱い圧で滑走性を促す
- 横隔膜・肋骨・骨盤など、張力を肩代わりしている部位もあわせて確認する
という順で見ていきます。痛い場所だけで終わらせず、痛くない場所も触る——瘢痕のケアでは特にこの視点が要ると感じています。
日々の施術のなかで感じているのは、術後数年が経っていても傷あた周辺の感触が変わる方がいる一方、変化の出方には大きな個人差があるということです。これは医学的事実ではなく、龍ケ崎で実際に来られる方を見ていての傾向の話として受け取ってください。また、手術後どのくらいから触れてよいかは創部の状態によって異なりますので、必ず主治医の判断を確認したうえで進めてください。
まとめ
傷が閉じることと、組織が元のように滑り合えるようになることは別の出来事です。瘢痕組織のコラーゲンの並び方、層間の滑走性、横隔膜を介した内臓との連動——これらが重なって、術後のつっぱりや呼吸のしづらさとして現れている可能性があります。研究報告の範囲では、軟部組織モビライゼーションを含む複数の手技を組み合わせたアプローチが、痛みの閾値や動きやすさに関わり得ることが示されています。気になる症状が続くときは、まず主治医にご相談のうえで、身体全体の動きという視点も加えてみてください。
参考文献
本記事の作成にあたり参照した研究論文です(内容は要約・意訳したものであり、原文の直接引用ではありません)。
- Effect of soft tissue mobilization techniques on adhesion-related pain and function in the abdomen: A systematic review(J Bodyw Mov Ther 2019) PubMed
- Soft tissue mobilization techniques in treating chronic abdominal scar tissue: A quasi-experimental single subject design(J Bodyw Mov Ther 2019) PubMed
- Effectiveness of various methods of manual scar therapy(Skin Res Technol 2023) PubMed
- Effect of wound massage on neck discomfort and voice changes after thyroidectomy(Surgery 2018) PubMed
よくある質問
Q. 手術の傷あとのつっぱりは、いつまで続くものですか?
A. 瘢痕組織の成熟には半年から一年以上かかるとされ、その間につっぱり感が変動することがあります。一年以上経っても違和感が続く場合は、まず執刀した医療機関に相談し、経過を確認してもらうことが先決です。
Q. 帝王切開の傷あと周辺を触っても大丈夫ですか?
A. 創部が完全に閉じ、医師から日常生活の制限が解除されていることが前提です。赤みや熱感、浸出液がある時期は触れず、まず医療機関での確認を優先してください。判断に迷う段階では自己流で強く押さないことが大切です。
Q. 瘢痕への手技は一つの方法だけで十分ですか?
A. 報告では、瘢痕への徒手療法は単独の手法より複数のアプローチを組み合わせた方が有用とされています。皮膚・皮下・深部の層ごとに状態が異なるため、層に応じた複数の関わり方が検討されます。

鈴木大樹(すずき だいき)
柔道整復師 / オステオパシー専門校在学中 / 産後リハビリ国際セミナー修了
茨城県龍ケ崎市で妻・佳代とともに整体院を営む整体師。食・自然療法・筋膜のつながりを臨床と学びの中で深め、「なぜ身体はそうなるのか」を発信し続けています。
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